ディレイの白百合

Act.4. 〜月下の告白〜

 

 サーフュールがアルヴェインの部屋に呼ばれたのは晩餐の後でした。
 彼が驚いたのは副長が執務ではなく来客時に使う部屋に彼を通したということではなく、彼と一緒にメリルアンジェも呼ばれていたということでした。
 姫君は晩餐時のドレスのままでいます。
「姫君?」
「わたしも一緒に呼ばれていますの。」
「…アーライとディレイの間で何かあったのか?」
「政治上のことは殿方にしかわからないらことですが、わたしの知る限りでは、現在ディレイはどの街とも問題を起してはいないはずですわ。」
「ふたりとも、遅れてすまない。」
 アルヴェインが部屋に入ると若いふたりは敬礼で副長の入室を迎えました。
 副長は夫人と跡取息子も連れています。
 これはどうも単なる人事の話ではないようです。
「アンジェ、サーフュール殿もかけなさい。
 今日は折り入ってふたりに話があってな。
 サーフュール殿、あなたはアーライの出身と聞いているが、ディレイに来てどのくらいになる?」
 若いふたりがアルヴェインの前の椅子に腰掛けるのを見届けると、副長はアーライ人医師に問い掛けました。
「3年になります。」
「3年か…
 であれば、最近衛生局の局長が引退を考えているという情報も聞いていることと思う。」
「はい。」
「で、我々ディレイの議会としては、君に次代の衛生局局長の座を与えることを考えているのだが、どうする?」
「局長ですか…!?
 とんでもない…わたしはただのディレイ兵営つき軍医にすぎません。
 身に余る大役です…!」
 サーフュールは蒼くなって首を横に振りました。各街の行政を支える機関である、今話が持ちあがっている衛生局も含めた各局は街の施政に直接携わる機関であり、職員でも地位のある者は街の方向を決める議会での議席も持っています。局長となれば一議員として議席を持つだけでなく、より深く政務に携わるための閣議への出席権も有しているのです。
 つまり、アルヴェインの提案はサーフュールに為政者としての地位を与えるということなのです。
「とは言っても―
 まさかセライアの名を持つ姫を一介の市民へ嫁がせるわけにもいくまい。
 クローナ家にはエリダイルもいるが、息子の身に万一のことがあるか、それともディアルド家のアリステーゼ姫の夫君に選出されるようなことになれば、君にはサーフュール・セレス・クローナを名乗ってもらうことにもなる。
 局長就任はそのときのいい予行練習にもなるだろう。」
「!?」
「…!」
 サーフュールとメリルアンジェはほぼ同時に息をのみました。
 まさか、アルヴェインがこのようなことを考えているなどとは、ふたりとも予想もしていなかったのです…
「お父様、待ってください。
 それは…その…」
 メリルアンジェの菫色の瞳は正面に座っている両親と、彼女の隣で唐突な申し出に衝撃を受けて放心しているサーフュールの間を行き来しています。
「アンジェ、わたしはいいことだと思いますよ。
 サーフュール殿の評判はわたしも耳にはさんでいますが、この若い方は街の医療や福祉を担当する部署の局長として相応しいと思いますよ。
 何よりも…
 アンジェ、あなたもこの若者には好感を持っているのでしょう?
 ここ2年近くのあなたは、毎日それは幸福そうな顔をしているではありませんか。」
 リスティメイラは穏やかな表情をうかべ娘を見つめます。
「お母様―」
「わたしはディレイのセライアである前にあなたの母親なのですよ。
 娘の心がわからないと思うの?
 メリルアンジェ、彼はきっと一生をかけてあなたを大切にしてくれることでしょう。
 本当に素晴らしい伴侶をみつけたこと。
 あなたたちを祝福するわ。」
「サーフュール殿、わたしもあなたをクローナ家の一員として、そしてわたしの義兄として迎えることができるのを光栄に思います。」
「それは…光栄ですが…しかしわたしの血統では、とてもクローナ家のような名家には…」
「家柄や血筋などは大した問題ではない。
 要は君たちふたりがどう思っているかということ、そして我々の目で見てクローナの名を継ぐに相応しい器量を有しているかだ。
 君の心根については我々も認めるところだ。
 そうなればあとは君たちの正直な心が、この件をついてどう考えているかだ。
 サーフュール殿、メリルアンジェ、正直な気持ちで考えなさい。」
「お父様、ごめんなさい…
 あまりにも急なお話で驚いてしまって―
 少し時間をください。」
「わたしも―申し訳ありませんが、後日改めてお返事に伺いたいと思います。」
「こう突然では驚くのも無理はないな。
 ふたりともよく考えて返事をするといい。
 現在の衛生局局長が引退するまでにはもう少々時間もある―返事はその時までに聞くとしよう。」
 アルヴェインはまだびっくりしているふたりに穏やかな口調で語りかけます。
 副長の傍の夫人は余裕ありげな表情で娘とアーライ人をみつめています。
 彼女は魔法使いではないのですが、母親の勘で、既にサーフュールとメリルアンジェがどのような答えを出すかを知っているのでしょう。

 メリルアンジェは自宅に戻るサーフュールを見送るために、彼と一緒にクローナ邸の門のそばまで来ました。
 天にうかぶ大小の月がふたりをやさしく照らしています。
「アルヴェイン殿があのようなお考えを持っておられたとは―」
 サーフュールは背後に見える屋敷を振り返りました。
「今日は驚かしてしまってごめんなさいね。」
「いいえ。
 メリルアンジェ姫。」
 サーフュールは急に真顔になりました。
「はい?」
「わたしはディレイ兵営の医師という地位を持っているが、あなたのご身分に相応しいセレスやタイスの名は有してはいない。
 勿論、局長の座についてもうまくやっていく自信もない。
 だが―
 今日のアルヴェインの提案は間違ってはいないと考えている。
 メリルアンジェ姫、あなたは将来的には正式に女神官としての地位を得ることを望んでいると聞くが、よかったら今日からはわたしをあなたの伴侶候補として見てはいただけないだろうか?
 勿論、あなたがお嫌でなければの話しだが。」
「いいえ―
 否定するなど滅相もありませんわ。
 この2年間、わたしもあなたを見つめていましたのよ。
 どうして嫌だなどと言えるのでしょう…」
 メリルアンジェもサーフュールの瞳を真直に見つめ返します。

 空ではふたつの月も若い恋人たちの心を写しているかのようにそっと寄り添っています―

 

 

 

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